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■ 私は、NYに取材した「甘く苦い島」(Insula Dulcamara)という作品集をまとめたことがある。作品集全体として、あるいは中の数枚から、コピーをつけデザインを施し、各社企業広告に転用された。
それをご覧になったのだろう。読売新聞社の担当責任者から、「こんな風に京都や奈良の写真を撮ってもらいたいのだが」という話があった。暫く前のことだ。
「いにしえ」という題材をどうやって撮ろう。
日本人なら誰もが抱いているだろう共通のイメージ。原風景。
私は途方に暮れた旅人のようであった。
京都の山奥にいた時だ。アテがあってのことではなく、ただうろついていた。
日が翳り、風が吹いてくる。振り返ると、背の高い竹の間に細い縄が張ってあり、それがはらはらと揺れている。
私は、台風の前にひとりで歩いている少年のような気分になった。
もう帰らないと叱られる。慌ててシャッターを切り、その場を離れた。
東京に戻り写真の整理をしていると、この一枚が気にかかる。
デジタル処理で周囲を焼き、雲のかたちを主題にする。ポスターのデザインを施し、そこにタイトルの文字を入れると、これが「結界」であることに気づく。
ゆく手には山間の神社があり、ここからは参道だと示している。白い「しで」が少し遠くにある。私はその内側にいた。
貴船神社の参道を暗くなるまで待ち、撮ったものもある。このときは鞍馬の山越えをした。
今思えば、写そうとしたものは風景ではなく、ある種の気配だったのかも知れない。誰しもが覚えのある記憶の断片。
私は空っぽになり、被写体が呼ぶ声を聞いていた。
だが今、「結界」と題した作品を眺めていて、何を浄化すべきかはよく分からないでもいる。
(技術評論社刊「デジカメmyペース」・Making of 列島いにしえ探訪 134-135頁)
#2002_11 執筆
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