「緑色の坂の道」vol.7037

 
    傾く枝。
 
 
 
■ 緑色のジンジャエールが好きで、それにジンを垂らせば最高である。
 そうもいかないので、そのままちびちび嘗めている。
 一度に飲める訳もなく、だいたい次の日辺りになるといい頃合いに炭酸が飛んでいって好みの味になっていく。
 初めから弱い刺激のものにすればいいじゃないかとも思うのだが、威勢のいい若い衆が成熟して枯れていく様にも似て、味の変化が面白い。老化ともいえるが。
 

「緑色の坂の道」vol.7036

 
    佇まいについて。
 
 
 
■ 小型車を入れることになって、しばらく物色していた。
 訳ありである。
 普段乗るものではないので幾分かは趣味の要素も強いのだが、かといってサンクやローバーのミニにまでいってしまうと厄介で、今乗っている旧い車に手が回らなくなる。
 ほどほどというか、適宜な按配に抑えた。それでもやや旧い。
 冷静に考えると、同じ予算でもっと新しいのを選んだ方がよさそうである。
 

「緑色の坂の道」vol.7035

 
    にほどり。
 
 
 
■ 自分のためだけに時間を使える時というのは案外に短いものだ。
 片手間に、半ば意識しながら捜していって繋いでいく。焦る気持も生まれるけれども、例えば今手持ちのレンズで撮れないものは、新型を買ってもほぼ一緒である。
 眺めているのは自分だからである。
 

「緑色の坂の道」vol.7034

 
    青く霧 2.
 
 
 
■ 結局、音楽用のUSBケーブルを買った。
 とりあえずという、普及型のものである。
 どの程度音が違うのかといえば、多少幅が広くなったような気がする。高い音に角があって、もしかして失敗したかとも思ったが、電流を流して一晩放っておいたら気にならない程度には収まった。
 エイジングとかいう世界のお話である。
 

「緑色の坂の道」vol.7033

 
    青く霧。
 
 
 
■ 年末の銀座辺りで夜の中頃、ジャガーのオープンと並んだ。
 Rの付いてない素のもので、色はグリーンだっただろう、洗ってやれば。
 男が二人乗っていて、幌は年式相応に痛んでいた。
 仕上げるのにかなりかかるだろうな、と思いながら、そのまま潰してしまうのも良いのかも知れないとも考えた。他人のものではあるけれども。
 最近、峠を走るということが全くなくなって、その日も人の使いというか送迎のようなものでこんなところへ来ている。
 地下駐車場に洗車するところがあるから、昭和のコンクリのヒビ割れを確かめても良さそうだが、履いているのが珍しくウールのパンツである。これで腰を屈めたくはない。
 

「緑色の坂の道」vol.7032  

 
    ほどほど 2.
 
 
 
■ 水を差すのはたいていは妙齢である。
 または、現実にそれに似た姿を眺めた時かもしれない。
 ヘルメットを被ってタイツのようなものに身を包み、40を超える速度で車道を懸命に走っているレーサーごっこの30代や40代の彼を見かけると、場違いだなと思う。
 信号を無視したり、こちらを威嚇するかのような道路上の四民平等の示唆というのも、普段相当ストレスがあるからだろうと、かなり好意的に解釈をしなければならない。
 あっさりと、風景に溶け込むかのように、しかもそこに居ることはできないものか。