Woody'n You.
 
 
 
■ 恋も二度目なら、と突然曲が変わった。
 スロープには誰もいなかったが、カメラがこちらを見ているので少し恥ずかしかった。音を下げ、シャッターが上がっていくのを待っている。
 去年あまり車に乗れず、半年とされる推奨交換時期を過ぎたが夏のオイルのままである。上は50w. 暖まるのに時間がかかり、足回りもその辺りのギアも廻ることを忘れているかのように重くて鈍い。
 

 
■ 大岡昇平さんの作品に「わが復員」というものがあった。
 自分は復員兵である、というテーマはその後の恋愛小説にも貫かれ、あえて通俗に描かれたその小説の中にも、ざらりとした手触りの部分が数行含まれていたことを覚えている。違和のようなものを、飼い慣らすことはできたのかどうか。
 外気は2度である。
 この時期、革のシートにはヒーターが不可欠で、もっと暖かいパンツを履けば良いものを、パーカーの上にブルゾンをひっかけただけだ。
 いい歳をして怪しげな恰好だなとは思うのだけれども、今は高速が空いている時間帯であるし多くの父兄は休んでいることだろう。
 私は片手だけ手袋をしていた。この時期、ステアリングが乾ききって粉のように滑るのである。
 
 
 
■ 昔、友人がこの歌手のポスターを部屋に貼っていたことを覚えている。
 国文流れの知人もこのひとの歌が好きで、これから「難破船」を聴いて寝ますとメールしてきたことがあった。結構コワモテなのだが、定期的に難しくなる奴だった。
 全部ではないが、いい曲があるものだと震える高音の部分に聴き入っている。思春期からその先の、ひび割れる手前のガラスのコップ。