長袖の男。
■ アレン・ギンズバーグの評伝をぱらぱら捲っていた。
くりかえされるロマンチックなダダ、という感じで、この歳になると全体としては辛いものもある。
ただ、その後の世代に与えた微妙な影響のようなものは、諏訪優さんの訳詩を通じて伝わってきていた。
ディビィスの即興も、日活のいくつかの映画すらも、その背後、基調にはこうした空気があったのだなと、振り返ってみたような気になったのである。
■ スーパーマンの原作者がユダヤ系移民の子孫だったこと。
作品の権利一切は始めから全て買い取りで、途中から作者の手を完全に離れてしまったこと。50年代パルプマガジンと並んで、コミックは有害指定を受けていく。
ギンズバーグもユダヤ系である。加えて麻薬と同性愛への嗜好。
ここで私はカポーティを思い出すのだが、彼は南部の生まれである。
■ ギンズバーグの詩の中では、狂って死んだ母ナオミを題材にした「カディッシ」が好きである。詩の表現というよりも、心情が残るのかもしれない。
「吠える」に関しては、半ば朗読によるJAZZのセッションのようなもので、共感するには体力と無知な若さが要るようだった。
スラックスにサンダル履きの当時のニューヨーカー。
ギンズバークの恋人とされていた若き男性詩人の名前を覚えておこうとしたのだが、本の中に埋もれ、それでいいだろうと今は思っている。