あずさ弓。
■ 恐山は霊場と呼ばれている。
個人的に、霊的なものを熱心に信じているかと言われるとそこは微妙で、例えば安岡章太郎さんが「果てもない道中記」の後半、「大菩薩峠」の作者の中里介山を論じた辺りがすとんと胸に入る。
同書がすぐ出てくるところにないので内容は省くが、その出生と育ちについて、父や母との関係について、また当時流行していた社会思想からの影響などを総合的にまとめた一文だった。
安岡さんが書かれたものではなく別の方の評を引用されていたのだが、安岡さんはこれに尽きるだろうと言っている。
■ 安岡さんが悪友の吉行淳之介さんと、まだ金もなく若い頃。
小汚い居酒屋で。
おい「大菩薩峠」のラストはどうなるんだったっけ。
ああ、あれは確かこうなるんだ。船にのってな、と吉行さんが言う。
島尾敏雄さんも居たかもしれない。
なんだよ、吉行さんもしっかり読んでいるんだな、と私はにやにやした覚えがある。当時の少年や青年たちにとって、同作は半ば一般教養のひとつだったのかもしれない。
■ じゃなんで恐山にいったんですか。
それがよく分からないよ。
イタコは撮らないんですか。
その辺りが不思議な具合でね、そこまでやるとまた別のものになってしまうと感じたんだな。
珍しく醒めているんですね。
二日酔いのことを言っているのか。
それより、恐山と「大菩薩峠」とどうして繋がるんですか。