砂の岬 8.
■ 無理心中は殺人だが、多くは男が生き延びる。
司馬遼太郎さんの「村の心中」という作品には、男の側が娘を殺す場面があっさりと書かれている。
「菜も切れぬような脇差を抜き、切先をツナののどにあて、やがて刺した。切先がむこうへ一寸もつき出たというから、よほど力を入れたのであろう。それでもツナがとなえつづけていてる念仏の声がやまなかったというから、息は絶えていない。八郎兵衛はあわてて刀を一くりくった。念仏の声は消え、ツナは他愛もなく死んだ」
(「心中小説名作選」日本ペンクラブ編:司馬遼太郎:集英社文庫:330頁)
■ ひとくり、くった。
というところがリアルである。
色狂いの心中と思われないよう、生前に歯を鉄漿に染め、親しかった人にそれとなく挨拶し、寺社に参拝しての娘の行動だった。
ただ男は生き延びる。
おばの家に潜伏する。村の五人組に捕らえられ、さて自害せよと迫られるのだが怖くて果たせない。
出家するから勘弁してくれと哀願し、ようやく許されるのだが、一年も経つとまた髪が伸び前と同じ暮らしである。村八分のようになりやがて男の一家は離散する。
その辺りの司馬さんの筆は、近代的解釈が混じっていてやや余分かという気もするのだが、それを省いてしまうと俄かには理解されがたい。
「遠野物語」など、稀有な伝承文学になってしまう。