大師のデミオ 5.
■「夜の魚」の中の一節である。
W1Sとは、男の意地みたいな旧い旧いOHVの単車で、音は派手だがそう速い類のオートバイではない。
いくらチューンしたところで、60馬力出たかどうか。
書いていた当時から旧かったのだから、今はよほど年季の入った単車乗りでないと名前すら知らないだろう。Z1やZ1R、K0なんかはなんとなく伝説になっていたとしてもである。
調子に乗って写してみる。表記は縦書き用になっているので、横では読みにくい。
W1SはホンダのCBがでるまで国内最大の単車だった。
イギリスのBSAを手本にしたと言われるエンジンはOHVで、つまりカムシャフトがクランクのすぐ上にあり、プッシュ・ロッドを介してバルブを操作していた。五三馬力、最高速度一八五キロであるという。
実際はそれ程でもなく、一六○で一時間も走れば必ずと言っていい程焼き付きをおこした。こいつも一度ピストンを焦がしている。その時にロッドを細いものに替え、カムを削り直し、圧縮をあげてやった。バルブも磨く。
オイル・クーラーをつけ、貧弱なドラム・ブレーキはヤマハの古いレーサー、TZのドラムを移植した。リアのショックは七十年代のカワサキの四気筒、ザッパーと呼ばれた六五○のものがピタリと収まった。
どうした訳か、オイルはカストロールの相性が良く、五○○キロで交換してやると、タコ・メーターの針は赤い部分を嬉しそうに揺れていた。
実測で二○○は出ただろう。首都高速の内廻りでBMWのK一○○とバトルして負けはしなかった。
私はスロットを捻った。二本のキャプトン・マフラーから出る排気音は、ハーレーのそれよりもメリハリがあり、くぐもっている。
スロットの下にあるネジを捻り、開度を一定に保つ。流れたガソリンはすでに蒸発していた。煙草を吸いながら、ザックをスプリングのシートに括り付け、ナンバーにガムテープを張った。