蛸と芝居は血を荒らす。
 
 
 
■「素顔の久保田万太郎」(俵元昭著:学生社:1995)という本があって、これが滅法面白かった。
 本の最後に「蛸と芝居は」の言がひかれている。
 これは、万太郎の朋友であった林彦三郎氏を中心に、吉川義雄、知切光歳、龍岡晋、田村秋子氏の間で語られた座談を俵氏の文責でまとめられたものである。
 林氏は実業家。順に、劇作家、俳優・俳人、女優とその属性が記されている。誰がどの部分を語ったのか、読み込みが足りないと判別がつかないところもあるが、わざとそうしている側面もあったのかもしれない。
 全体に同時代を生きた友人というより、時には顔をそむけたくなるような腐れ縁の仲でなければ知りえないところが記されていたりする。
 そこが面白いのである。
 
 
 
■ 林彦三郎氏は三井系の財閥に関わっていた方である。
 本書では、最初の国産人造肥料の総代理店として日本窒素の製品を独占して内外地への売り込みに成功。戦後は三信株式会社社長として実業界に活躍。
いわゆる保守合同に当たって改進自由両党を斡旋した、と記されている(前掲:20頁)。昭和57年没。
 経済系の論文に活動が載っていたりもするが、戦前・戦後、GHQなどという単語から連想される、まさにその通りの時代を生きてきた人物だった。
 日比谷の「三信ビルディング」を覚えている方も多いだろう。今は取り壊されて更地になっているが、外観は比較的地味なものの、アールデコ様式の内装が見事だった。林氏はそこの経営者だった。
 
 
 
■ 本書の半分近くは、万太郎の女性関係で構成されている。
 薄倖だった初めの夫人。天然牡丹の花と称された二度目の夫人。赤坂伝馬町の愛人と言っていいのか、よくできた三隅一子。三人とも元は芸妓、玄人である。
 湯島が正妻で赤坂が愛人だからか、廻りは南朝北朝と呼んだとか。
 色悪の源太気取りできりきれず。
 あっちいってどつかれ、こっちいってひっぱたかれ。
 そうは言ってもいいところもあるから、最後のところでいたしかたないとズルズルいってしまう。
 男なら誰でも身に覚えのある、針のムシロと言いますか名実ともにムゴーイ目にあっていたのが、万太郎の後半生だった。
 なんにもわるいことしてないのに。
 本人は確かにそう思っていたはずである。

朝からのいひあらそひや夏の雲(万太郎)