残花三昧。
 
 
 
■「ぼく」を演じられたのは中野誠也さんである。
 低いけれども遠くまで届く発声法と、そこからぽつぽつと出てくるややくぐもった声の質が、実は万太郎の芝居の主人公そのものであって、つまりは少しはみ出したインテリの空気がコート姿から滲み出ていた。
 インテリの癖にあすび人で。実を言えば何をして食べているのか不分明という気配もある。
 故人であるから好きなことを書かせていただくが、仮に原作者の万太郎と重ね合わせたとき、違うところと言えば、男っぷりがいいところだったろうか。
 少し枯れた二枚目という風情は、なかなか色っぽかった。
 芝居ってのはこうでなくっちゃいけない。
 
 
 
■ 当時、三等重役という言い方があった。
 源氏鶏太の小説で、後に東宝で映画化されている。素養も恒産もないサラリーマン重役が増えたことからの悲喜劇なのだが、森繁久弥が間に入り振り回される役を演じて一躍注目された。
 おさわと「三の酉」の市を歩き、他人に見られるのを惧れ顔にマスクをし、(当時のマスクは烏天狗のように黒いものです。多分)その後、知る人ゾ知るような店に鳥を食べに行って、その勘定をおさわに払わせる。
 色男を気取っている訳でもない。
 吝嗇や野暮天というよりも、これは一体なんなんだろうなという按配か。
 
 
 
■ 冒頭で「ぼく」がおさわにカセをかけた相手は、そうした三等重役の一人だった。「ぼく」におさわが話して聞かせた一部始終が本当なら、そんなことは実はどうでもいいのだが、時代の変化ということもあるけれど、つまりそれは落ち目ということで、ちょっとした裾さばきに残花が匂うのである。