■ フェラーリの尾灯が左に逸れた。
 ジャンクションに入ってゆく。
 高速に入ろうというのだ。
 私はEタイプの細いウッド・ステアリングを時折戻しながら、コンクリで囲まれた周回路を加速した。
 アンダーがでる。外側に膨らむ。Eタイプの旧式なシャーシはずるずると尻を流した。
 黒い高速の上にでた。車の数は少ない。
 北沢のフェラーリは私を待っているかのようだった。
 助手席に誰か座っている。女かも知れない。
 
 百十マイル付近で尻が近づいた。
 右手にぼんやりと街の光がみえた。
 黒い空の中程で稲妻が光った。間隔は短く、そして近い。
 456GTは五・五リッター、ティーポF116エンジンを積んでいる。四四○馬力、二九○キロ程度は出るだろう。
 グラマラスだが節制している女をすぐ後ろから眺めたような形状のテールの下には、可変式のスポイラーがついている。速度とともにその角度を変える。
 次第に速度が上がった。
 百三十マイル、二百キロを超え隣に並ぼうとした。
 窓を開け、走羽がイングラムを突き出す。
 信じられない加速でフェラーリは遠ざかった。音楽のような排気音が聞こえる。
 アクセルを床まで踏み、追おうとした。
「エアコンのスィッチを切ってください」
 走羽が指摘する。その通りだ。
 時折、大型のセダンを抜いた。止まっていると言うよりも逆行しているように思えた。
 
 ジャガーの十二気筒はその持てる馬力を全て使っている。
 SUキャブからは濃いめのガスが直接流れ込み、わずかに鼻先をリフトさせながら、ゆるやかに右に傾く灰色の高速を二五○まで出している。
 スミスのメーターは振り切る手前、一六○マイルをすこし越えたところで揺れ、タコ・メーターはレッド・ゾーンの中で震えている。
 マニュアルだったらもうすこし出るのだろう。
 何分程追っただろうか。
 水温計の針がじりじりと上がる。
 フェラーリとの距離は縮まらない。
 
 バン、という音がした。
 その後、ガラガラと続き、エンジンの力が抜けてゆく。
「どうしたんです」
「ベルトが切れた」