■ みるみる視界が閉ざされた。
水温計の下にあるタンブラー・スイッチを押し下げ、ワイパーを動かした。
前がみえない。
北沢の車は遥か前方に遠ざかっている。
私はアクセルを戻し、躯の力を抜いた。
ハザードをつけ惰性で流れる。ゆるゆると路肩にジャガーを寄せた。
「ということですね」
「ああ」
どこがやられたのか、ルーカスの電装はこれだからイヤだ。
私はびっしょり汗をかいていることに気づいた。
まだベストを着ているのだ。
胸のあたりが熱を持って鈍く痛んだ。触ってみると、ケブラーの防弾チョッキはそのあたりがひきつったようになっている。
上着に穴が開き廻りが焦げている。
指が入りそうだ。入れてみる。
上着の胸ポケットに何か紙のようなものが入っていることに気づいた。
取り出すと、絵葉書のかたちをした毛沢東のブロマイドだった。
赤い看板をバックに、斜めに手をかざしている。
太った彼の首のあたりに、ぽっかりと穴があいていた。
エンジンが止まった。
私は走羽の顔をみた。彼は仕方ないといった表情で携帯電話を取り出している。
「紅太陽は、半神・半人の守り神なのです」
彼は毛沢東のブロマイドを眺めながらそう言う。
私は車の外にでた。稲妻の下、激しい雨は通り過ぎ、空気に湿り気が戻っている。Eタイプの屋根に水滴が残っていた。時折、車が通り過ぎる。
上着を脱いでシートに放り投げた。防弾チョッキを脱いで尻にしき、私は路肩のコンクリにもたれかかった。
「今、車がきますから」
走羽が煙草をすすめた。
わたしはしゃがみ、彼は立ったまま、上海市街をぐるりと廻っている高速道路の上でぼんやり煙草を吸った。
黒い雨雲が南に流れてゆく。海に出るのだろうか。