三二 スマロ
 
 
 
 
■〈上海夜星〉は四馬路(スマロ)に面した新しいビルの四階にあった。
 四馬路は、現在では福州路と呼ばれている。南京路とともに、夜の上海で最もにぎやかな繁華街のひとつである。
 私はEタイプをゆるゆると転がした。
「あの辺ですね」
 走羽が指さす。歩道にはメルセデスやBMW、時には日本製の大型車が斜めに駐車している。なんだか治外法権のようだ。中に一台、ガンメタリックの背の低い車があった。テールランプが丸く、四つ並んでいる。
 
「党幹部の車ですね、このジャガーにもWJとありますが」
 並んだ車のナンバーを眺めていた走羽が言った。
 私はEタイプを表通りからすこし離れたパサートの後ろに駐めた。
 走羽がEタイプの後ろのハッチを開く。ジャガーの場合には横に開くようになっている。走羽は自分のアウディから移したナイロンザックを開いている。
 私は上着を着て先に歩いた。ドアの前にゆくと、ここが中国かと思えるようなネオンが光っている。日本のベイエリアにあった大型の店よりも派手だ。
 黒い蝶ネクタイをしたボーイがエレベーターの前にいた。走羽は何事かを話し、その脇に並んでいる男女よりも先にエレベーターに乗り込んだ。私も続く。
 四階に上がると、中国服を着た女が近寄る。その背後には男が二人立っている。
 思ったよりも落ち着いた造りの店だった。若いものばかりではない。
 北沢に取り次ぐよう女に言うと、入り口のところで暫く待たされた。
 
 煙草に火をつける。こちらにきてから私は仕方なくアメリカ煙草を吸っていた。藁を燃やしているような中国製よりはマシだ。
 背後にいた男がこちらをみている。灰皿がないのだ。
「VIPルームにどうぞ」
 太股のスリットがほとんど腰まで割れた中国服の女が笑って案内した。VIPルームと聞いて、背後にいた男は顔をそらせた。上海ではこの言葉がその通りに使われているのだろう。
 フロアのようなものがあって、長いドレスを着た女が歌っている。そこだけスポットを浴び、浮かび上がってみえる。
 ボサノバのリズムだ。
 ディスコとは言え、ここは高級なクラブになっているようだ。階段を昇り、フロアが見下ろせる一角にボックスがある。
「こちらです」
 案内されたところに何人かの男と女が座っていた。