■ 葉子には始めから不思議なところがあった。始めて会った頃は、神奈川の丘陵にある四年生の女子大に籍があり、慰安婦に関わるボランティア活動をしていた。お嬢様のお遊びだけれども、その動機には真剣なものもあったのだろう。
 けれども一時は北沢の女のひとりであり、覚醒剤の密輸にかかわっている。追われている時はアップジョン社系の睡眠薬を常用していた。
 運転も拳銃の扱いも旨い。吉川が撃たれた時、私は古いカマロで相手を追った。私は中国の狐のような女に脇腹を裂かれる。その時、その女を冷静に撃ち殺したのも葉子だった。
 分断され、つじつまがあわず、極めて人間的な部分を持ちながら最後までそれが統合されない。そうした人格の形態があるのだと聞いたことがある。本人はそれに苦しみ、自分から逃れようとする。ある意味で誰もが同じことなのだが、それに気付くにはかなりの時間を必要とする。
 
 上海の高層ビルのほとんど天辺で、私はパンツも履かずにウォーターベットに腹這いになっていた。この部屋は恐らく隠し部屋のようになっているのだろう。葉子の父、オーナーだけの特権だ。
「この部屋、窓はないのかな」
「あるわよ」
 葉子がリモコンのようなものを操作した。
 モーターの音がして側面の壁が両側に開かれた。対岸の風景が目の前に広がってゆく。茶褐色の黄浦江が遠くにみえている。光が部屋の中一面に入ってくる。壁かと思っていたのは部屋をくるむ模造大理石のシャッターだったのだ。
「趣味が悪いでしょ」
「ああ、びっくりした」
 スイッチを逆転させ、葉子はシャッターを締めた。
「ね、この部屋は突き出たひとつの箱のようになっているのよ」