二六 飛ぶ夢
■「つかれた」
私はおもうことを口にした。
「なんだかイヤになった」
葉子は黙っている。私の顔をみているのがわかる。
ドアを開け、パーキングの壁に小便をした。午後の日差しをあびて、流れるものはざらついた肌に吸い込まれた。黒くなった部分はみるみる乾いてゆく。
「かえりましょう」
車に戻ると葉子が低い声で言う。そのとおりだと私は思った。運転を代わる。高速の終点を外に出ると、私は助手席に躯を沈めた。葉子はゆるゆるとアクセルを踏んでいる。
「風呂にいれてくれよ」
「ええ」
葉子は二十四歳になっていた。始めて会ったときはバス停の標識にもたれ、崩れるように私の部屋に眠った。
私は眠りたいのだとおもう。
いつでもどこでも眠れる筈なのだが、時折おかしな夢を視る。それは近い未来のことであり、忘れていた若い頃のことでもあった。
一時間ほど走って、浦東の高層ビルについた。地下二階の駐車場にジャガーを駐め、一番高い階まで昇ると階段を降りた。
私は汗ばんだ上着を脱ぎ、ズボンを床に落とした。履いていたパンツも緩かったのでついていった。ランニング一枚で、揺れるウォーターベットに潜り込んだ。
暫くすると葉子が脇に寄ってきた。シャワーを浴びていたらしい。ガウンに着替えている。
「背中でも揉もうか」
「うう」
葉子が後ろから私の背中の筋を押している。旨いとは言えないが、真剣にやっているのはわかる。