■ 私は足の爪を切った。
 爪を切るのは久しぶりだ。それから長崎に向けての船の話をした。海の色が変わり、五島列島がみえてくる夜明けのことを葉子に教えた。
 葉子はどうして飛行機を使わなかったのかと尋ねる。
「飛行機では爪を切れないよ」
「そうね」
 暫く経ってから葉子は眠った。
 明日、江菫の姉を訪ねてみようと思っている。古くても良いからジャガー以外の車を用意しようと思った。なければタクシーだ。
 
 葉子の父はこのビルのオーナーなのだろう。
 むろん一人で全てを賄っている訳ではない。日本の大企業が、現地法人としてこのビルの中にいくつもの事務所を開いていた。
 以前このビルで仕事をしている時、英語と中国語、更には正確な日本語を話せる女性を何人もみかけた。彼女らは驚く程綺麗で、タイトのスカートを小刻みに振って歩く。
「日本人と結婚していたひともいるんですよ」
 助手のひとりに言われたことを覚えている。気をつけろ、ということなのか、同じ上海人の間でも明白な階層が生まれてきているのだ。
 グラスを浴室の洗面所で洗い、私も眠ることにした。どうしてグラスを洗う気になったのか、毛布を被る時、絹の感触が馴染まない。