二一 ペント・ハウス
■ 新しい石の匂いがした。五十五階の窓からは対岸が一望できた。
黄浦江の黒くなった水面に、並んだ旧租界地帯の建物が映っている。照明は白色とオレンジとが混ざり、一本の帯のようにみえた。
右手に電視塔が立っている。その先は細く尖り青白い光を発している。
葉子がコーヒーを持ってきた。
短くて黒いスカートに、襟のないジャケットを着ている。
一脚日本円で五十万はするだろう、柔らかな革の回転椅子に私は座った。
「ここは事務所なのか」
葉子ははっきりと答えない。大きなローズウッドの机の脇に巧妙に隠されたディスプレイがあり、せり上がったり格納されたりする仕組みになっていた。子どもじみている。
「親父さんの具合はどうなんだ」
コーヒーを飲みながら私は尋ねた。
葉子に反応はない。
私は椅子から立ち上がり葉子の傍によった。肩に触り後ろ向きにした。
背後から胸をつかむ。芯のある下着がわかる。服の上から暫く力を入れていた。
葉子の躯が硬くなり、それから柔らかくなった。
「しっかりしろよ」
「痛いわ」
私はもう一度椅子に座った。葉子が机の端に尻をあずけている。
「父は左手をなくしたわ」
「そうか」
「義手をつくるといってる」
「うん。酒が欲しいな」