■ 浦東新経済開発特別区に入った。
高層ビルが幾つも並んでいる。建築中のものもある。
幾つものクレーンが影絵のように空を指し、その先端には赤い光が点滅している。やや低い屋根は工場と倉庫の影だ。
Eタイプは人気のない通りを何度か曲がり、ステンレスとガラスで出来た高層ビルの入り口で一旦停まった。
「事務所か」
覚えがある。私はこのビルの三十二階に事務所を借りていた。私が金を払っていた訳じゃない。空いている部屋を使わせて貰っていたのだ。
「あれをみて」
葉子が指さす。エントランスのところに白い模様のようなものがあった。廻りにはビニールのシートがかかっている。
「あそこで爆発があったのよ」
葉子の父の乗るベンツが爆破されたのはこのビルの前だったのだ。
葉子はEタイプの細いオートマチック・セレクターを指で動かした。ゆっくりとアクセルを踏み、ビルの側面にある地下駐車場の入り口に下ってゆく。
ダッシュ・ボードの脇に置いたポケ・ベルのようなものを押し、ゲートを開けた。地下二階、一番奥まったところにジャガーを駐める。エンジンを切り外に出ると、湿ったビルの匂いに気付いた。エレベーターは五十五階を指している。