■ そこは病院の倉庫として使われていたような部屋だった。
 壁際に幾つもの箱がある。薬の空き箱なのか、開封されていないものも混ざっている。
 スチールの机の前に黒縁の眼鏡をした四十代の男がいた。
「真壁です。名刺はかんべんしてください」
 男は厚生省のものだと言った。いわば本庁にあたる。初老の男とは声が異なっている。おそらくは部下にあたるのだろう。

「奥山君には残念なことをした。彼は神奈川でも優秀な捜査官だったのに」
 私は真壁という男の口元を眺めていた。本当に残念だと思っている訳でもない。
「直属の部下でもないでしょう」
「皮肉を言わないでください。確かに麻薬捜査官は厚生省直属ではない。各麻薬取締官事務所で採用され勤務する。彼等は危険な業務に身体を張って立ち向かい、その存在すら一般には認知されない」
 私は黙っていた。一般論を聞いていても仕方ない。気配が伝わったのか、真壁は話題を変えてきた。
「情報提供者、我々はSと呼んでいますが、Sは通常覚醒剤の仲買人を転ばせてつくることが多いのです。しかし彼女の場合には違っていたようだ」
「どういう意味です」
「いや、奥山君はSを使うことが嫌いだったようだ。危険な目に逢うことも多いからね。どうして冴さんをSにしていたのか」
 私は苛だたしい気分を押さえることができなくなった。
 
「いいかげんにしてくれ、そんなことを愚痴りにここまで私を呼んだのか。用がなければ帰るぜ」
 私は振り向いてドアを開けようとした。
「待ってください」
 真壁が呼び止める。