■ 途中、上海の葉子から電話がきた。
近い内にまた上海にゆかねばならない。党の偉いさんを相手に、プレゼンテーションをするのだという。なるべくモダンな方向で組み立てるよう注文された。
仕事をしている時の葉子は勤めて冷静だった。控えめでソツがなく、発音の綺麗な英語で私の通訳をしてくれた。
上海での私の生活は、ほとんど事務所と宿泊先である上海大厦、ブロードウェイマンションを往復するだけだった。時折街へ出ることもあったが、本当の路地や下町を歩く訳ではない。
電話口の葉子の声に翳があった。
「親父さんは元気か」
と尋ねると、僅かに言い淀む。
「もちろん、元気よ」
と、葉子は明るく答えた。
その時に気付くべきだったのかも知れない。