十三 仇夜
 
 
 
 
■ 駅前の通りをすこし離れたところにホテルが何軒かあった。
「三万円、前金でね」
 部屋に入って冴はそう言う。
 私は財布から紙幣を取り出して彼女に渡した。彼女は黒いバックにそれを仕舞い、浴室のドアを開けて準備をした。お湯を貼る音がする。
「ぬるめがいいのかしら」
「ああ」
 私はビールを飲んでいた。冷えすぎていて旨くない。
「入って」
 彼女が促すに従い、私は下着を脱いだ。彼女は裸でどこも隠そうとはしていない。髪を上で縛っている。いつ塗ったのか、口紅を直していた。
 私は浴槽に一度つかり、それから椅子に座った。タオルにボディソープをつけ、彼女は私の躯中を念入りに洗った。時には指先も使う。泡立てるようにして爪を立てる。
 
「上海風呂にはいきましたか」
「いや、ゆかなかったよ」
「店を選ばないとね、日本人はすこしびっくりするかも知れないわね」
 衛生面の事を言っているのだろう。指が前に廻った。お湯がかけられ、唇が近づいた。暫くそうしていると膝をついた背中が逆さまにみえた。背中は丸くなり、ふたつに割れた尻の間にお湯が流れている。
 歯ブラシを渡され、もう一度浴槽に入った。冴は一度外に出てコップに水を入れて持ってくる。
「むこうでね」
 バスタオルを二枚使い、立っている私の躯から水気を取っている。
 短い浴衣のようなものを羽織り私はベットに横になった。
 冴と名乗る彼女と寝る必然性はどこにもない。私はインタビューをし、送るように言われ、自分を買うよう頼まれた。断ることもできるのだが、かといってそれが紳士であるとも思えない。〈紳士〉などという言葉が頭に浮かぶのが不思議だった。
 煙草を吸いながら待っていた。冴は躯を洗っているようだ。有線のチャンネルを廻すと、香港の流行歌が流れた。暫くそれを聴き、ジャズのピアノに替えた。浴室のドアが開き、冴が出てくる。
「灯り、消すわね」
 暗がりになった。