■「うぐぐ」
葉子が泣いている。
私は葉子と真壁のロープを解いた。葉子の猿ぐつわはべとべとだった。葉子がしがみついてくる。縛った髪がちりちりに焦げていた。
走羽は女子トイレのある二階建ての建物に隠れ、残った中国兵と応戦していた。彼はベレッタしかない。中国兵は腹這いになってAKを撃っている。私のいる場所からは狙うことができない。
DSが近づいてくる。砲弾の破片で片方のライトが消えている。
戦車のディーゼルエンジンが唸り、キャタピラーがその場で回転した。芝生が引き千切れ、撃たれて落ちた中国兵の上を通過した。
戦車は砲身をこちらに向けたまま後退してゆく。
撃つ気配はない。近すぎて狙いが定まらないのだろう。
地面の下から爆発音がした。
三回続き地面が揺れた。
北沢の覚醒剤工場のあるシェルターの方角からだ。
電視塔の向こうに赤い炎が上がっている。
ライフルの軽い発射音が続いた。
AKではない。女子トイレをみると、髪の短い男が中国兵を狙ってAR一六を連射していた。中国兵が沈黙する。髪の短い男は地下道を通って辿りついたのだ。
走羽が建物の影から出てくる。ライフルと覚醒剤の包みを拾っている。
DSは樹木の裏手に停まった。
近寄るとひとりの男が出てきた。
「はじめまして、大騒ぎですね」
声に覚えがあった。電話で何度か話したことがある。真壁や奥山の上司、今回の事件の仕掛人である。銀色の眼鏡をかけ日に焼けている。五十代半ばだろうか。長袖のワイシャツを腕の処までまくり、大きな円筒のついたAR一六を持っている。赤外線スターライト・スコープだ。
「あんたは公安なのか」
「普段は二課にいます。葉子さんのお父さん、成ケ沢さんの部下でした」
DSの運転席には葉子の父がいた。黄色いサングラスをしている。
片手でどうやって、と疑うとDSの窓枠にゴトリとステンレス製の義手を乗せた。
「ぐずぐずするな、新手がきた」
葉子の父に促され振り返ると、電視塔の方角から二台の車のライトが近づいてくる。一台は兵員トラックのようだ。
上空にヘリの音がした。