■ 午後の半ば過ぎ、吉川が尋ねてきた。
紺色の麻の上下を着ている。サイズは合っている。
葉子の買ってきた上海ビールを開け、酸っぱくて飲めたものではないと三口で飲んだ。
「それでどうなっているんだ」
私は吉川に尋ねた。
「ああ、ガスは暴動鎮圧用のものだ。米軍のライアット手榴弾が使われている」
吉川は説明を始めた。一昨日の夜、晃子はサンクに奥山を同乗させ黄金町のビルからT市の病院にむかった。奥山に頼まれたらしい。二人が冴の個室を見舞っている時、突然ガス手榴弾が投げ込まれた。奥山が部屋から飛び出し、侵入した男三人と撃ち合いになったという。
奥山は拳銃を携帯していた。ひとりを射殺する。残る二人は逃げた。かけつけた警官のひとりが胸を撃たれ即死する。侵入した男の一人は傷を負い逮捕されたが、もうひとりは車で逃走した。
「奥山が撃った相手はフィリピン人だった。NPAのメンバーだろう」
「それで、冴さんの容態はどうなんだ」
吉川は椅子から立ち上がり、窓の傍によった。外を眺めている。
「いや、部屋の中にも銃弾は撃ち込まれているんだ。一発が腹部に命中している」
「危ないのか」
「死んだよ」
葉子が私の顔をみた。
「晃子さんはベットの下に隠れて助かった。この襲撃で看護婦と入院患者ふたりが重傷を負っている」
私は廻りにあるものが、自分の躯から離れてゆくような感覚にとらわれた。瞳孔が凝縮したのだろう、吉川の姿が闇の中に浮かんでいるようにみえる。
「ともかく車を用意しよう」
吉川が言う。
冴は死んだ。北沢の雇ったテロリストに殺されたのだ。
躯の中でフィルムが逆転するように、血と漿液が動き出すのが私にはわかった。暫くその状態が続き、首を振って私は部屋を出た。