■ 生暖かい風が窓から入ってくる。レースのカーテンが時々ふわりと揺れた。
三十分ほど過ぎただろうか、上海大厦の交換から電話が入った。
日本からだという。吉川だった。
「おれだ。病院からかけている。晃子さんと奥山は無事だ」
「そうか」
「明日そっちへゆくよ」
「うん」
「そっちで話す」
そう言って電話が切れた。
冴の様子が気がかりだった。私は何本も煙草に火をつけすぐに消した。
上海に来るとき、私は晃子に車の鍵を預けてきた。古いサンクはすぐにバッテリーがあがってしまう。そうした理由もあるが、晃子には車が必要だった。奥山に会いゆくには車が便利なのだ。
昨夜、奥山と晃子は冴の見舞いに行ったのだろう。サンクに乗ってだ。奥山の肺の傷はまだ完全に直った訳ではなく、基本的に外出はできない筈だった。
私はイスラム原理主義者という言葉が出てきていることに驚いていた。この件には関係がないと思っていたのだ。直接関係はないのだろう。北沢だ。奴が日本に潜む雑多なテロリストを使い、多方面との繋がりを敢えて我々に誇示しているのだ。
私は北沢の薄い唇を思い出した。追いすがるジャガーに、勝ち誇ったような甲高い排気音を響かせ、遠ざかっていったフェラーリの赤い尾灯を覚えている。
北沢は、私と走羽を始末することができなかった腹いせに、日本にいる冴をもう一度襲わせたのだろう。晃子は監視されていたのかも知れない。
腹の底に溶けた鉛の塊があって、それがゆっくり動いている。一杯の酒をそこに流し込むことにした。