■ 私は〈上海人脈〉という言葉を思い出した。
児玉機関や里見機関に関する資料は驚くほど少ない。膨大な資金の流れについては、明らかにされていないことの方が遥かに多かった。無闇に調べることは生命に関わると言われて久しい。
「こんな話をするつもりはなかったが」
葉子の父はもういちど椅子の背もたれに躯を預けた。薄い疲労がみえる。
「食事でもするかね」
「いただきます」
外はまだ暗くなっていないが適当な時間でもある。
階段を降りると、葉子とメイドが食堂に用意をしていた。
味噌汁とカレイの焼いたもの、それから香のものがあった。
葉子が横から父親に味噌汁の腕を持とうとする。不機嫌そうな顔をしながら彼はそれに従っていた。
「片手というのは不便なものだよ」
「そうですね」
冷たい緑茶を飲み、とりとめのない話をし、葉子の父は寝室に入った。
「また、きたまえ」
私は屋敷を辞することにした。葉子が続く。
振り返ると、隣接したガレージに灰色の蛙のような車が駐まっていた。特徴的な楕円形のライトがみえる。シトロエンのDSだ。
私は何台かの車のことを、葉子の父に尋ねれば良かったと思った。