三八 娘婿
 
 
 
 
■ 上海は晴れた。
 雨雲は南に去り、低い位置に白い雲が幾つか浮かんでいた。
 私は昼近くに目覚め、下着を替えた。
 左胸のあたりが青く痣になっている。指で触ると鈍く痛む。
 葉子が外に出て上着を買ってきた。紺色の麻である。
 以前着ていた上着は、銃で撃たれた穴と焼け焦げが出来ている。
 走羽に連絡をする。今日は葉子の父親に会う予定だと告げた。
 走羽は口にしなかったが、彼も銃弾を受けている。Eタイプの助手席、タン色の革シートの膝の辺りに血痕がついているのを私はみていた。
 車がないのでタクシーを拾った。
 葉子の案内で、旧フランス租界地にある葉子の父親の屋敷にむかう。
 葉子の父は、病院での手術が済むと比較的短期間で退院していた。本人がそのように希望したのだろう。浦東にあるビルの前で新型のベンツが爆破され、葉子の父は肘から先の左手を失っていた。
「ここよ」
 葉子がタクシーから降りる。坂道があって煉瓦造りの塀垣がある。二階建ての平たい洋館である。
 私は葉子からすこし離れ、門柱から玄関までの石畳を歩いた。
 中国人のメイドがいた。五十位の眼鏡をかけた女性だ。髪を中国風に縛っている。
 私は応接間に待たされた。古い英国調の長椅子がある。メイドが紅茶をもって入り、奧に引っ込んだ。