五 ザボン
 
 
 
 
■ 中華街の傍のホテルにタクシーをつけた。
 オレンジ色のスカートが近づいてきて、ハンカチで始末をしてくれたのだ。
 私は、船酔いと過労から熱がでたようだった。
 江菫は私をタクシーに乗せ、身振り手振りでホテルを捜した。荷物を持って私を促す。廊下を髪の妙に黒々としたホテルマンがついてくる。眉も濃い。
 ホテルマンから部屋の鍵を受け取り、決まり切った説明を受けると、私はベットに横になった。べっとりと汗をかいている。
 江菫は私の上着と靴下を脱がせた。その辺りまでは覚えがある。
 
「アスピリン」
 と、江菫は言う。
 中国の標準語がすこしは通じるところを捜すと、長崎ではリトル・チャイナになる。露店のある通りを抜けると、ほんの十軒程が密集しながら別枠をつくっている。江菫は薬を捜してくると言った。
 不思議に警戒する気持ちが起きなかった。
 江菫に紙幣を何枚か渡し、暫くの間私は眠ることにした。カーテンを閉めて貰ったが、細い光が入って眩しい。
 どれくらい過ぎたのだろう。江菫が私の肩をゆすった。頭の奥が鈍く痛む。唸りながら起きると、江菫は何か赤い紙に包まれたものを出す。飲めというのだ。赤い紙には薄茶色の粉が入っていて、薬ではあるようだ。
 
「熱がさがるよ」
 江菫は真剣な顔をしている。私は飲むことにした。口を開くと、江菫は赤い紙を私の唇にあててゆっくり傾ける。
 古くなった蟹の脳味噌のような味がした。
「これも」
 江菫は、こんどは白い紙の中から錠剤を取り出した。指でつまんで私に含ませる。
「ネタ方がいいよ」
「ああ」
「昨日、ネテないんだから疲れたんだよ」
 そればかりでもないだろう。私は湿った枕に頭をつけ、眼を閉じた。
 次第に曖昧になってゆく。断続的にいくつも夢を視る。夢がとぎれたところで闇に入った。