■ 奥山が狙撃されたのは一ヶ月ほど前のことだった。
 臨海副都心に乱立する高層ビルの工事現場で、中国ルートの覚醒剤が取引されているという情報をつかんだ。夜になると外資埠頭から小型の船が入り、外国人の乗った車が閉鎖された現場に入ってゆくのをみた者がいるという。奥山は晃子に連絡をした。なにか接触のようなものはないか、ということである。
 
「なんだか奇妙な気分がしたことを覚えているわ」
「出来過ぎているということだな、今時そういった目立つやり方で粉を入れる奴はいない」
 吉川が補足した。
 奥山は埠頭に張り込んだが、結局小型の船らしきものは入ってこなかった。朝になり、二十五歳の相棒を車において奥山が小便に立った。相棒がエンジンをかけようとすると爆発が起こった。
「駆け寄った奥山が背後から撃たれたんだ」
 張り込んでいた車はずっと見張られていたらしい。狙撃地点は七十メートル程離れたところにある四階建て倉庫の二階からだった。吸い殻とハンバーガーの包み紙が残っていたという。
「麻取も舐められたものさ、わざわざそんなものを残してゆく。だいたい、車に爆薬を仕掛けられても気付かなかったんだからな」
 
「罠か」
 私は吸っていた煙草を灰皿に捻った。
「罠だ」
 
 吉川が繰り返す。これは復讐だろう。誰の、と言えば北沢に決まっている。私は奥山の震える右手を思い出していた。
「手術はかなり難しかった。右肺が完全に潰れていたんだからな。これくらいの穴が開いていたんだとよ」
 吉川は右手の拳を握ってみせる。指は太い。
 私は胸のポケットに仕舞ったメモのことを思った。奥山が渡した奴だ。
 私は三杯、吉川は五杯、ギムレットばかりを飲んだ。奥山が好きなのかどうかは知らない。晃子はジン・リッキーを半分だけ口にし、氷の溶けるままにしている。
 店を出るとき足下がよろけた。吉川は入り口のドアにぶつかった。
 
 古いルノー・サンクで横須賀横浜道路を上る。横浜新道から第三京浜に入ろうとする。時計をみると午前一時を廻っている。夜の雲がいくつにも流れ、その後ろから細い月が時折みえては隠れた。
 私は何も考えなかった。
 晃子は黙ってハンドルを触っている。すこし窓を開け、ラジオをつけた。アルト・サックスの音がする。
 細くて明るい。ソニー・クリスだろう。「サニー」と私は口の中で言ってみた。