六 眼鏡橋
■ アーケードの中を歩いていたら洋服屋があった。
私は自分の上着が汗でくしゃくしゃになっていることに気付いた。暫く洗濯もしていない。
店に入ると安売をしている。黒いポロシャツと薄い青の混じったコードレーンの上下を買った。コードレーンなんか港町でないと着る気がしない。古くなった綿の上着は捨てて貰う。
「お客さん、東京からですか」
「いや、上海」
縮れた髪を脇に垂らした妙齢の店員がきく。港町の女はどこか似ている。明るくて忘れっぽく、胸元が海に向かって開かれている。
その店は女ものも売っていて、店員に頼み江菫にスカートを一枚見立てて貰うことにした。店員は不思議そうな顔でちらりとみる。
「世話になったんだよ」
「そうなんですか、かわいいひとですね」
江菫にはすこしだけ長めのスカートが選ばれた。紺色である。派手なヒールとは合わないが、仕方ないだろうと思った。
「シェシェノン」
江菫が礼を言う。笑顔を眺めていると、なんだか年を取った気分だ。
店を出て眼鏡橋まで歩いた。この辺で別れることにした。
これからどこにゆくんだ、と江菫に尋ねると、神戸の方に知り合いがいると言った。ひっかかるものがあったが黙っていた。
私は自分の事務所のアドレスを渡し、じゃあ、と手を振って歩き出した。
すこしたって振り返ると、江菫の立っていた眼鏡橋の周りには誰もいなくなっていた。路面電車に乗り、繁華街にあるバスターミナルまで出た。空港までバスでゆき、私はそのまま東京に戻ることにした。