街の気配。
■ 訳者の高見浩さんは、その後書きの中で、いわゆるハードボイルド小説というのは「街を歩く小説」であると書かれている。
女たちはどんな服装をしているのか。
酒場ではどんな会話がなされているのか。
湿ったり乾いたりする、夜の匂いとはどんなものか。
その街特有の流儀。そんなものがあるとするならば、であるが。
■ 例えば同じ首都圏でも、西の方と東、湾岸部と内陸部とでは随分とその様相が違っている。
車の種類や運転の仕方もそうだ。
男たちの背丈も、背広の生地も、履いている靴の新しさや形、その色艶などが沿線によって微妙に異なっていることに気付くのは、地下鉄が地下に潜るのをやめた頃からではなく、乗り換えのホームの辺りからである。
女たちの夏服の透け具合さえ様子が別で、個人的な感想を言えば、一番見違えるのは足首のかたちと首筋あたりの色だろうと思っていた。
■ 都市というのは大抵、通りひとつ隔てただけで別の匂いを発するものだ。
そうした差異をひとまとめに「東京」と呼んでしまうのは、些か乱暴というかセンスのないお話で、多くの場合、最も肝心なことを隠すためのレトリックに過ぎない。
どうでもいいことではあるけれど。