本牧メルヘン 3.
■ 小津監督に「早春」という作品がある。
あらすじ自体はどうということもないものだが、池辺良さんが岸恵子さん演ずるところのBGと、一夜をともにするという場面があった。
この作品での岸さんは、戦後アプレを象徴するかのような役回りである。
連れ込みというか待合というかなんというかでの翌日、とっとと帰りたい妻帯者と、ここから全てが始めるかのような女との会話が面白い。
いつの時代もその辺りが勝負所なんですね。
髪の毛を一本、ボタンにまきつけていたり。
■ 作品自体は結構暗く、サラリーマンの悲哀とか虚しさなどということが、やや直裁に描かれている。
救いは兵隊仲間とのやりとり。川口の鋳物工場で鍋を作っている加東大介さん。兵隊のときは一緒だったのだけれども、学校出の池辺さんは丸の内の勤め人となった。
戦後10年余、考えてみればたった10年しか経っていない頃のお話である。
■ どうしてこんな話になったかというと、「アカシアの雨が止むとき」のことを思い出したからである。
直接には関わらないものだけれども、当時の池辺さんの風情は、半ばはぐれたインテリのようで、私には好ましく思えている。