真夜中の水仙。
 
 
 
■ 4軒目の店の一番端で、古くなった文庫を捲っていた。
 チャンドラーの「ヌーン街で拾ったもの」が収められているそれである。
 どうしてこんなものを持ってきたのか。
 棚に手を突っ込んだら出てきたので、始めからどこかで読むこともあるかと、半分は予測していたということになる。
 鞄からロメオの赤白のケースに入った、吸いかけのシガーを取り出す。
 
 
 
■ 英国というのは、男の道楽に関しての店は沢山あるが、女性向けのそうしたものというのは驚くほど少ない。
 ということを、ある車雑誌の編集長だった方が書かれていて、確かにそうだろうという気はする。
 その方の書かれるものは、いわゆる団塊世代ど真ん中の按配で、薀蓄と反骨と、夜更けに女子大生の部屋からそっと抜け出すにはこの車が似合うというような、いい歳をしてのロマンチックがあからさまに溢れ、私は好きだった。
 車であれタバコであれ、酒の世界も。
 半分以上は道楽というか暮らしに直接関わりがないところに成立していて、東洋の汚染された島国に住む私たちは、いわゆる近代化の流れからそうしたものを有難がっているのである。
 
 
 
■ ところで、前の店は妙に安かった。
 確かめた訳ではないが、ペルノの分は取らなかったのだろうかと思う。
 オーナーは店の造作ごと買ってそこを始めたのだろう。中のパナマ帽はおそらくパート・タイムである。
 ボトルは磨いておくものだということも、教えては貰ってないのかもしれない。