百物語。
■ 文芸作品として眺めると、柳田の「遠野物語」は稀有の出来栄えである。
「雨月物語」を彷彿とさせるような玲瓏巧緻な文体で、ほとんど無駄を省いているかのようにもみえる。 半分投げ出したかのような終わり方。
それが文学的な香気を生んでいる、と評されているのだが「一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり」というのは勿論言葉の綾だった。
実際はそこにフィクションも編集も大幅に加わっていたことは、多くの方の研究で指摘される通りである。
「感じたるままを書」いているのだから、これは柳田個人の言葉なのである。
■「遠野物語」が発刊されたのは明治43(1910)年の6月14日。
幸徳秋水、管野スガらがいわゆる「大逆事件」で逮捕されたのが同6月1日。
大逆事件は当時の知識人に多大なる影響を与える。
予兆とでもいうのか、閉塞した空気に抗うように、非合理的な世界、異界への憧れと江戸への回顧趣味が合体し、各地で空前の怪談ブームが沸き起こっていた。
泉鏡花を始め、柳田もその渦中にあった。