二五 低糖タイプ
■ 明け方近く、上海大厦に戻った。
走羽がボックス型のバンで大通りまで送ってくれた。
雨は上がっていたが、歩道には水たまりが出来ている。
夏の朝、上海の街は緑と水の匂いがする。
濁った赤色をしたタクシーがきた。日本製の小型車だった。
私は部屋に戻り、濡れタオルを後ろ頭に押しあてて眠った。
どれくらい経っただろう。何度か電話が鳴っている。手を伸ばし、受話器を外していると耐え難い音が響く。
私は上海にきたことを後悔していた。その気分は葉子が訪ねてきても変わらなかった。後ろ頭にコブができている。昨夜は気付かなかったが、短く口を開け、乾いた血がこびりついている。
葉子が薬屋に走り、消毒液と包帯を買ってきた。頭に巻くと白い鉢巻のようになった。髪が逆立っている。
痛み止めを噛んでいると、電話が鳴る。真壁がロビーにきているという。
暫く待たせることにしてシャワーを浴びた。
若い頃、私は半袖のワイシャツが嫌いだった。眼鏡をかけ、半袖のシャツにネクタイをしている男は濁った矛盾の象徴のように思えた。
今はそうは思わない。けれども、ロビー脇にある年代物の椅子に座り日本の新聞を読んでいる真壁の姿をみると、そうした偏見のようなものが甦ってくる。
「どうしたんですか、その頭は」
真壁が言う。
「仕事したんだ、危険手当くれよな」
真壁は薄く笑った。
「一市民じゃなかったんですか」
「そんなこと言うためにわざわざ来たのか」
「いやいや、ところで何か情報はつかめましたか」
新聞を畳み、真壁は眼鏡を直す。私は椅子の前に立ったままだった。離れたところに葉子もいる。
「金を用意してくれ、できるだけ早く」
「何をするんですか」
「テロリストを雇うんだよ、武器を買うんだ」
私は出口の方に歩いてゆこうとした。真壁が椅子から立ち上がり私の横にくる。
「わかりました、上に話してみます。これを読んでください」
そう言って茶封筒を渡す。
「それから冴さんね、回復していますがかなり弱っている。T市の大学病院に移しました」
私は真壁の顔をみた。多分怖い表情だっただろう。
古くなって光沢は失せているが、厚みのある本物の大理石の床を歩き、私はホテルの外にでた。