二四 家へ帰らないか
■ 確かに殴られたのだろう。
まだ意識はある。私は唸っているようだ。人が近づくのがわかる。
肩を掴まれた。二人ほどいたらしい。
引きずられてゆく。靴が脱げそうになる。
「急(チエッ)」
という声が聞こえた。彼等は私をどこかに運ぶつもりだ。
黄浦江に浮かぶことになるのか、あの川は水が濁っている。
その時、私を引きずる片方の手が離れた。私は湿った床に投げ出される。
パン、パンと音が続いた。
ひとりが走ってゆく。
こんどは重い銃声がきこえた。
すこし間があり、遠くから簡単な音が一度した。
それきり聞こえなくなった。
どれくらい経ったのか、床に倒れている私の耳もとに人の気配がした。
腕をつかまれ、引き上げられた。
薄く眼をあけてみる。
黒っぽい服を着た、中背の男が立っている。
「だいじょうぶですか、つけられていたようですね」
男は細い眼で無表情に言った。
廻りを見渡すと、すこし離れたところに男がうつぶせに寝ている。
床には血が流れている。色はみえないが匂いがする。
黒っぽい服を着た男は、倒れている男の傍によった。
足を肩口に差し入れ、裏返しにした。手早く男の躯を確かめている。鍵の束と手に持った銃、それから財布を上着のポケットに入れていた。
「一道去哦」
男は私を促した。一緒にゆこうと言うのだ。ふらつく足で先へ進んだ。
ホールへ続く通路の壁の下に、もうひとりの男がしゃがんでいるのがみえた。撃たれている。手に銃を持っている。見慣れた中国製トカレフだ。
外は雨になっていた。
ぬかるみに足を突っ込んで泥水が入った。
一台のバンがあり、その中に私は転がり込んだ。