■ 私は小さな鍵をみていた。
 夢梁の白い指の中から出てくる様は手品のようだった。
 上海とはそうした街なのだ。私は青い瓶のビールを頼み、軽い食事をした。一度上海大厦に戻り時間をつぶした。
 
 大世界・ダスカは人民広場の南東にある。
 一九三○年代には地下組織のボスたちがこの場所を仕切り、あらゆる快楽と退廃を買うことができた。
 一階は賭博場、スロットマシーン。二階は食堂、三階には淫売宿があり、その上には射的、鍼、灸、その上には迷路と麻雀屋があった。
 中国共産党による解放後、人民遊楽場となり、現在の名称は「大世界遊楽中心」という。健全な娯楽場になったと言われるが気配は濃厚に残っている。
 派手なネオンがまだついていた。大世界という文字は一緒だ。
 十二時が近づく。私はタクシーから降りて裏口を捜した。いくつもある。どれなのか分からない。鉄の扉を押してみると鈍い音がして開いた。
 中に入ってゆく。野外ステージは表側にあるようで、人の気配がまだ残っていた。
 建物の廊下をまっすぐ歩いた。ドアがあり、錆びた鎖が繋がっている。南京錠がかかっているようだ。私はポケットから夢梁の渡した小さな鍵を取り出し、使ってみた。開く。
 中はホールになっていて、廻りには無数の客席があった。
 真ん中は舞台のようになっている。その舞台に一本の光の筋が落ちている。
 私は光のある方角に歩いた。
 二階の客席に人影がみえたような気がした。
 光に浮かぶ埃と背後の闇の中で、人影はぼんやりと揺れてみえた。
 
 その時、後ろから頭を殴られた。
 眼の中が白くなり、麻酔が効く時のように意識が遠のいてゆく。