■ 車を階段の手前に停め、ゆるい坂道を昇って墓地の中に入っていった。まだ虫が鳴いている。両脇には痩せた松の木がかしいでいる。
 風は海の方からくる。白い波頭が僅かにみえた。
 
 葉子は集合住宅の暮らしが気に入ったようだった。まだ上海にいる。皺だらけの老婆とともに買い出しに出かけ、しゃがみ込んでは女達と洗い物をした。自由市場の雑踏の中で、大きな口を開けて笑う姿をみていると、それでいいのだという気がしてくる。隣人の気配と人いきれのこもる集合住宅の闇の中で、私たちは膏薬を貼ったまま何度か交わった。
 今頃、上海には江菫が着いているだろう。江菫は日本で働く北京からの留学生と恋に落ちていた。姉を訪ねるということで、一昨日成田を離れたのだ。
 冴の骨の半分は上海に返すことにした。処理は走羽にまかせる。困惑した奴の顔を考えてもみたのだが、それよりすこし寒くなった。
 
 
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○「夜の魚」二部 外灘 完
 
・主要参考文献       後述