■ その時、展望台の背後から黒い影が飛び出てきた。
ヘリだ。私たちのイロコイの倍ほどの大きさがある。両側に翼のようなものが付いている。回転するローター音と低いエンジンの唸りが聞こえる。
髭づらのロシア人が大きな声を出した。
「なんで中国にハインドがあるんだよ」
私は吉川に毒づいた。
「知らねえよ」
Miー二四、ハインドは旧ソ連の攻撃用ヘリコプターである。アフガニスタンではゲリラ(ムジャ・ヒデン)討伐用に投入され、その強大な火力で空飛ぶ機械化歩兵戦闘車とたとえられた。西側の攻撃ヘリとは異なり、兵員を輸送することができる。機首に十二・七ミリ機銃、両翼に各種ロケット砲を装備していた。
独特の並列に並んだ丸い操縦席の中に、白っぽい服の男がみえた。
北沢だ。奴はハインドに乗って脱出をはかるつもりだ。
ハインドの機関砲が火を吹いた。
夜の闇の中で、それは一本の帯のようにみえた。
発砲は威嚇だった。ハインドはゆっくり旋回すると、浦東の高層ビルの方角にそのグロテスクな鼻先を向けた。
「おまえだってアフガンにいたんだろう、なんとかしろ」
吉川がロシア人に言う。機体を傾け、青と白の民間イロコイはハインドを追った。
低空では速度が出ない。それはハインドも同じだった。軍のレーダーを恐れてか、ビルの間を縫うように飛んでゆく。夜間ではあっても赤外線ノクトビジョンの搭載でパイロットには地形がみえているようだ。
幾つもの高層ビルをかすめた。
図体のでかいハインドがすれすれに傾くと、工事中のビルのパイプがパラパラ落下していた。風圧がすごいのだ。
ロシア人パイロットはハインドのすぐ後ろにイロコイをぴったりつけた。アフガン帰りというのも嘘ではあるまい。