五四 取引
 
 
 
 
■「なんで軍まで出てくんだよ」
「放送局には軍隊が常駐しているんです」
 中国兵は七人くらいだろうか。一歩前に出てくる。拡声器が銃を捨てろと言う。
 私は呆れていた。ベレッタを放り投げた。背中に掛けてあったイングラムは転倒した時に芝生の上に転がった。走羽もランチャー付のAR一六を放った。
 芝生の向こうには低い樹木が繋がっていた。その脇には水の出ていない噴水がある。移植したばかりなのだろう、ところどころ地肌がみえている。月が高いところにある。夜が更けると風が冷たく感じられる。上海は一足先に秋の空気になっている。
 地面が細かく揺れている。次第にそれは大きくなり、樹木が割れて黒い塊があらわれた。ディーゼルエンジンの排気音が聞こえる。
 戦車だ。背の高い旧式の戦車が近づいてくる。
 ふたつの前照灯に照らされ、砲身からぶら下がっている人影がみえた。赤と白でゆっくり揺れている。
 
 葉子だ。上を向けた戦車の砲身の先に葉子がぶら下げられている。両手をロープで縛られ、口には黒い猿ぐつわがはめられている。
 戦車の上には兵士がひとり乗っていた。白いワイシャツ姿の真壁が後ろ手に縛られ、AKを突きつけられている。
 二十五メートル程の距離で戦車は止まった。
 ハッチが開き、北沢が姿をみせた。白っぽい麻の上下を着ている。
「どうも」
 北沢は長い脚を折り曲げ戦車から降りた。ズボンの裾を一度払い、オイルのついていないことを確かめると、煙草を取り出して唇にくわえた。
「素人にしてはよくやりましたね」
「葉子をおろせよ」
 北沢は薄い唇を歪めて笑った。左手を伸ばし、半ば降りていた葉子の背中のジッパーを下まで引き下げた。
「日本の女ってのはこっちでは高値でね」
 兵士の視線が注がれる。葉子は首を振って声を出そうとしている。