■ 走羽がアタッシュを開けポータブルCDロムを取り出した。機械に接続し電源を入れる。それからフロッピーを入れ、データを読ませていた。
画面には上海の地図が表示される。マウスを使い浦東地区をズームにした。
「ここで緑になっている部分、これが現在建築中のビルです。地下にシェルターがあります。ダスカで襲ってきた男の持っていたのは、シェルターに入るための磁器カードでした」
走羽がマウスをクリックしている。
「問題は同じ番号で二カ所に入れるということです」
緑色の部分に、点滅している赤色がふたつあった。ひとつは東方明珠広播電視塔の傍にある。他方は電子工場が並んでいる一角のようだ。一枚の磁器カードでどちらにも入れるようになっているのだろう。
「塩素ガスの発生をごまかすという点からは工場地帯が妥当です。けれども大型の清浄装置を使えばこちらでも精製できないことはない」
走羽が電視塔の近くの赤色を指さす。
「そんな装置がありますかね」
真壁が口を挟んだ。
「核シェルターには大抵のものが揃っています。このビルにも小型のものが備えつけられている筈です」
走羽は磁器カードからビルの所在地を割り出した。どうしてそのようなことが出来るのか私にはわからない。
中国の都市部には現在五百万人近くの失業者が溢れている。彼等はリューモンとなって都市を流浪する。一方で金と権力は集中し、高級車を乗り回すことのできる階層が出現している。走羽のような新しい街の裏役には、銃ばかりでなく情報を自在に操るような資質が必要になっているのだろう。
私には閃くものがあった。北沢なら覚醒剤の精製に電視塔のすぐ近くを選ぶに違いない。
「こっちだろう」
私は電視塔の傍の赤い点滅を指さした。走羽がうなづき、真壁が眼鏡を直した。
低いところにあった月は昇るに従い色を白く変えた。今は空の真上にあって、忙しく流れる雲を銀色に照らしている。
襲撃は明晩に決めた。この明け方、走羽の手下が内偵にゆくことになっている。アウディを運転していた髪の短い男である。
「彼はね、朝鮮人なんですよ」
走羽がブラインドを指で押し下げ、窓の外をみながら言った。