■ 傀儡政権を維持する資金の多くはアヘンによってもたらされ、偽金がそれを支えた。アヘンは名実ともに中国人の人心を腐敗させてゆく。
私はアヘン吸引を勧める当時の新聞広告をみたことがある。
中国人の助手が持ち込んだ古い資料を眺めている時だった。
断髪のモダン・ガールが煙管を持ち、その脇に「松竹梅」と書かれた商品の絵がある。その商品は煙管で吸引するものではなく、ヘロインに各種薬物を混合させた複合麻薬であった。この広告をつくったのは日本人であることは確かだった。当時の化粧品や酒類の広告とその文法が同じなのだ。
私は対岸の電視塔の灯りを眺めていた。煙草の味がしない。
若い恋人達が肩を組み、夏の夜風に吹かれている
葉子の父は戦後どのような情報工作に関わっていたのだろう。
彼はこの上海で特務に従事した経験を買われ、米国中央情報局の仕事についていた。
仮に北沢が政治的な裏の世界にまで関与しているのだとするならば、葉子の父のことを知っていても不思議ではない。その逆もだ。
「どうしたの、そんな怖い顔をして」
葉子が私の顔を覗き込んだ。
「あの浅漬け、誰がつくったんだ」
先ほど、カレイの焼き物と一緒に食べた香のものは旨かった。
「わたしよ、塩で揉んだだけだけど」
ひとは変わるものなのだろう。
私は葉子を促して上海大厦に歩いた。
○「夜の魚 外灘」C-了