名前を江菫(ワン・ヤン)という。年は二十歳になったばかりだそうだ。
 私は煙草を取り出して彼女の前に出した。江菫は細い指で一本を抜き取り、すこし眺めては唇にくわえた。私は火を貸す。
 リノリュウムの階段に腰掛け、私たちは煙草を吸った。
「一度日本にいってみたいとおもっていたの」
 昼間は電子部品の工場で働き、週末になると、旧租界地にあるバーで働いているのだという。
「十八の時に姉を頼って上海にでてきたの。バーで働いていることは姉には内緒。でも、姉さんだってひとのことは言えないわ」
 私は二本目の煙草を吸うべきか迷っていた。近くには灰皿がない。
 蛍光灯の下で眺めると彼女は瞼に黒くシャドーを塗っている。赤く塗られた唇は比較的大きく、横顔と首筋は細かくて白い。
 
 一ヶ月ほど滞在した上海の街で、私は彼女のような若い娘をたくさんみかけた。ほとんど仕事だけの生活だったが、食堂でも時折入るファーストフードでも、短いスカートを履いた若い娘が大股で歩いている印象が残っている。
 
〈上海姉〉
 誰だかがそんなことを言っていた。
 上海の街は女が目立っている。モダンガールという言葉は死語になっているが、くっきりした顔立ちの瞳の大きなモデルが今の上海では好まれた。