二六 空
 
 
 
■ 左手でもう一本の瓶を取り出した。
 葉子に握らせる。
 オイルライターに着火し、運転席に投げるよう大きな声を出した。
 葉子が投げる。届かない。
 ダブルタイアの辺りが燃えた。トレーラーは止まらない。
 その時、列車が停まる時のような音がした。
 コンテナの真上に貨物船の錨のようなものが落ちて揺れた。
 ビル程の高さの、オレンジ色に塗られたクレーンが動いている。
 歩くような速度で近づいている。
 錨と思ったのは伸びている重い滑車だ。
 滑車はゆっくり揺れ、トレーラーの窓を叩き割った。
 ガラスが飛び散る。避けなければ即死だろう。トレーラーはそこで止まった。
 自走式クレーンの運転席は比較的低い部分についていた。中程、ちらりと人影が見えた。
 吉川だ。
 白いトレンチを着込んだ吉川が歯をむき出して笑っている。
 北沢のポルシェと交差した。奴は額から薄い血を流している。
 ライトの中で大きく口を開け、何事かを叫んでいる。聞いてはいられない。
 北沢のポルシェと並んだ。
 セカンドで六千まで引っ張った。サードに入れ右手を持ち換えた。
 震動が酷い。分解しそうな音をさせながら、古い直立二気筒は回転を上げる。葉子が腹を掴んでいる。太股がはだけている。鈍い加速だ。
 レンチを左手で掴んだ。古い単車にはシート・ベルトがあって、その脇に挟んであったのだ。
 ポルシェがすぐ脇にきている。丸いフェンダーをレンチで叩こうとした。
 外れた。ミラーが飛んだ。
 北沢のポルシェがあっさりと抜く。
 金属の擦れ合う音をさせ、みるみる遠ざかった。