二五 縄目
 
 
 
■ 銃はトカレフではなかった。
 艶消しの塗装で、サブノート型パソコンのような色をしている。
「そう、あんなもの自分では使わないんですよ。これはグロックという銃です」
「麻薬の密売ってのは儲かるんだな」
「ええ、人並みにね」
 この男が新人民軍の窓口であるとはとても思えなかった。
 淡い色合いの軽そうな上着を着ている。カシミアだろう。北沢は注意深く、開けられたドアの後ろに立っている。ロブの靴だ。
「革命の手助けをしているつもりなのか」
「ふん、もうじき世紀末ですよ。田舎の革命なんてどうでもいいでしょう」
「JRAはどうした」
「ええ、重信さんとは何度かお会いしました。日本赤軍の名前は便利でしてね、あちこちのマフィアも一目置いてくれるんですよ」
「NPA、スパロー・ユニットは仲間じゃないのか」
「彼らはテロリズムだけの職人です。なんでもそうでしょう、手段それ自体が目的になってゆきます。私は彼らの技術を買っているだけでね、仲間だと思っている訳ではない。この仕事には金を出す日本の閣僚もいるんですよ」
「そのデーターが入っていると」
「そう、だから漏れると困るんです」
 
 北沢は退屈そうな表情で比較的長く話している。NPAもJRAも、北沢には直接の関係がない。彼にとっては、利用できるただの取引相手であり、出入りの業者のようなものなのだ。
 閣僚というのは何のことだろう。だとすればフロッピーの回収だけで済む筈がない。北沢は確実に私たちを殺す気でいる。
 私は葉子をみた。口を聞かず、車の横に立っていた。死んだ魚のような顔色をしている。薬を使われたのだろう。
 
「随分仕込んだもんですね。以前は後ろも使えたのに」
 そこで頭が白くなった。
 ジャケットからビール瓶を取り出した。貼ってあるライターに火をつける。
 ポルシェのドアにむかって放り投げた。
 銃声がした。
 瓶は手前で割れ、ガソリンに引火した。
 炎が背丈ほどになる。北沢の顔が歪んでみえた。
 単車にまたがり、エンジンをかける。
「走れ」
 私は叫んだ。
 ローで引っ張ると、短い銃声が頬の横を横切った。
 右肩にもそれは弾け、肉が削げたのがわかった。
 痛みはまだない。