■「寒い夜ですね」
 北沢が言う。
「ああ」
「オートバイとは御苦労なこと。それも懐かしいカワサキのW1じゃないですか。わたしもマッハとかZ1とか乗ってましてね」
「泣かせるだろ」
「まあね」
「ストーンズかなんか、かけろよ」
「泣くほどの馬鹿って訳ですね」
 彼は唇を斜めに笑った。薄い唇から出る笑い声は成程そういうものであるのかと思われた。北沢と私とは同世代だ。同じような空気を吸い、同じような音楽を聴き、同じような化粧に喋り方をする女と付き合い、寝た。十代の頃は多分髪を伸ばしていただろう。何処でどう食い違うのか、果たして何処まで違っているのか。そもそも、そんなことを考えること自体理屈には合わない。
「フロッピー持って来ましたか」
「葉子は」
 北沢が横を向いた。助手席のドアがゆっくり開き葉子が車から降りた。
 顔色がみえない。トレンチのコートを羽織っている。
「暫く乗らないうちに、車も女も随分味が変わるもんですね。本牧の港みたいだ」
 北沢は上着の胸に手を入れ、煙草を取り出して火をつける。
 片手には黒い銃があった。