■ すぐに暗くなった。
私は指定された駅のロッカーから防磁ケースに入ったフロッピーを一枚持って部屋に戻った。
金属のロッカーに小さなケースがひとつだけという眺めは空虚である。
拳銃があるかとも思ったが処分したのだろう。
機械に入れ中身をみようとする。ただの数字の羅列でしかない。
標準形式のデーターであることは確かだが、意味のあるものにするには、何等かのプログラムを一度通す必要があるのだろう。
複写する。同じものを二枚作った。一枚を封筒に入れ晃子宛とした。
警察にも、と考えたが余計なことだと思い直した。
それから押し入れを捜し、古い皮のジャンパーを取り出した。ナイロンのザックにいくつかのものを詰め、外に出た。
坂道を下り細い路地に入る。車の入らない舗装されていない一角があって、突き当たりには二匹の石の狐が細い眼でこちらを向いている。鳥居の跡だ。
その横に廃屋があって、そこは何年か前地上げされたまま放置されている。その一階を私は借りていた。
南京錠の番号を廻し、引き戸を開けて中に入る。
シートを剥がし一台の単車を引き出した。
車検は切れているが、月に一度ここへきてエンジンに火を入れている。
六九年式のカワサキのW1Sを改造したものだ。
通称ダブワンというバイクである。タンクを古いTシャツで磨いた。ヘルメットをハンドルに掛け、路地を押してゆく。
既にして冬の夜になっている。コンクリの壁、オーバーパスになっているところまでゆくと、サイド・スタンドをかけキャブレターの脇についているティクラーを何度か押した。ガソリンがキャブの下にあるホースから流れ出す。冷えている時はオーバーフローさせねばかからないのだ。
流れるガソリンをみていると思い付くことがあった。すこし歩き、酒屋の脇に積んであるビールの瓶を二本盗んだ。ザックに入れる。
キーを捻る。バッテリーは生きている。大振りのハンドル、スロットルの脇についているチョーク・レバーを一杯に引き、W1Sにまたがった。
左脚に重心をかけ、右足でキック・ペダルを探る。一、二度感触を確かめてからピストンの位置を調節した。
右足に体重をかけ、一気に踏み降ろす。
マックス・ローチのドラムのような音がして、六五○CC直立二気筒エンジンに火が入った。