二二 圧縮
 
 
 
■ 私は自分の部屋に戻った。薄い埃の匂いがした。
 ベットの下のファックスがなにかを掃き出していた。
「今晩九時、本牧C突堤」
 夜のうちに北沢が入れたのだろう。ご丁寧にゴシック体である。
 おかしな予感があり階段を降りた。郵便受けの中を捜してみる。手でかき回すと、上の部分にガムテープが貼ってある。鍵とメモがあった。鍵はロッカーのもののようだ。
 メモの指示に従い、大手新聞社のパソコンネットにアクセスをする。
 私あてにメールが来ている。葉子からだ。
 日付は大晦日になっている。葉子が何故私のIDを知っているのか不思議だった。いつぞや、メールで原稿を送っているのを記憶していたのだろうか。メールは圧縮されていた。展開して読む。
 暫くの間、誰かにつけられていることを葉子は自覚していた。
 北沢に拉致されるのも時間の問題だと思っていたようだ。
 
「言わなければならないことがあります」
 それに続く内容はある意味で予感していたことでもあった。
 CPPの武装組織、NPAと呼ばれる新人民軍に所属する特定の小集団が、国際的なテロリスト集団のいくつかと連携し、日本に覚醒剤の密輸を行なっていた。
 武器の調達資金獲得のためである。都市部において要人暗殺などのテロ行為に関わってきた、「スパロー・ユニット(スズメ部隊)」と呼ばれる小部隊のひとつが母胎となり、近年弱体化しているといわれる本部の指揮下を離れ、密かに独自行動に移っているという。南米などにおいて、ゲリラの一部が、覚醒剤によって豊富な資金を得ていることに倣うつもりらしい。
 その覚醒剤のほとんどは中国とロシア製で、通称「ブラック・スター」と呼ばれる中国製トカレフの搬入はそれに付随した仕事にすぎない。
 国内での密売の元締めは北沢とされた。背後には組織がある。彼は香港を拠点にいくつかのテロリスト集団と連絡を取りながら活動を続けていた。
 
「わたしは北沢の女のひとりとして、その仕事を手伝っていました。その時のデーターをフロッピーに落として持ってきたのです」
 追われる理由はそれだったのだ。
「始めて横浜に泊まった時、車を借りて朝比奈峠にゆきました。北沢と会ったのです。撃とうと思ったけれど、駄目だった」
 私は煙草を何本も吸った。
 飴を嘗めている場合でもない。三本目で胃が痛くなった。
 胃の薬を捜し、台所の水でそれを飲んだ。古くなった鉄の味がする。
 メールの最後に書いてある言葉が気になる。
 五行程空白があり、「ありがとう」とある。