二七 魚
 
 
 
■ 頭から入ったのか、よく覚えていない。
 尖った水が染み込んでくる。冬の海は案外明るい。
 すこし上のところに大きく開かれた葉子の脚がみえた。
 コートが脱げている。黒い部分とそうでないところとが奇麗だった。
 葉子は夜の魚のようにゆっくりと泳いでいる。
 左手でヘルメットを取った。
 葉子の胸で見事に交差している縄を掴んだ。
 皮ジャンの上に着た救命ジャケットの紐をひっぱり、空気を充填した。
 浮かんでゆく。水が白くなってゆく。
 顔を出した。
 息をする。
 葉子が傍にいた。
 口を開けている。
 空は黒い。細かな破片のようなものが降ってくる。
 雪だ。
 私と葉子は真冬の横浜港に浮かんでいた。
 冷えると思ったら雪になっている。
 振り返ると、C突堤のマーカーが見えた。
 岸壁は並んだ警察車両のライトで一杯だった。赤い筋が交差している。
 後ろから一本の光が近づいた。
 浮き輪が投げられ、私たちは引き揚げられた。
「水上警察です」
 と、奥山が言った。