■「すこし飲みましょうか」
晃子が棚から背の高いグラスを取り出した。
バカラではなく、国産の最も硬質な種類のグラスだった。脚に色がついていないところが晃子らしい。
麻のコースターを引きその上にグラスを置いた。
手際よくコルクを抜き、白いワインを注いだ。
「あなたはウィスキーの方がいいのよね」
小さなグラスを取り出してその横に置く。後は自分でやれというのだ。
「このコースター、自分で作ったのよ。接着剤で張り付けたの」
女ってのは面白いもんだな、と私は思っていた。どれが本当の姿なのか簡単でもない。
「倉庫に寝てた時ね、彼女がいたでしょ。話してみると案外素直なのよ」
吉川が撃たれた夜のことだ。
晃子と葉子はビジネスホテルのような倉庫の管理人室で眠ることになった。
「どういう関係なんです、って聞かれたから正直に答えたわ。遠い昔の男、って言ったの」
「遠い、ね」
「十年も前のことだわ」
「するとね、今でも好きなんですか、とこっちを向いて言うの。その眼がね、挑戦的という訳でもないのよ」