十八 渇く
 
 
 
■「松明のごと、なれの身より火花の飛び散るとき」
 葉子がベットの上で低い声を出した。
「なれ知らずや、わが身をこがしつつ自由の身となれるを
持てるものは失われるべき定めにあるを」
 
 どこかに記憶がある。埃を払うと鈍い金属版が覗ける。
「銀座で映画をやっててね、観たのよ」
「灰とダイヤモンドか」
「ワイダってひとが書いたのかとおもってたわ。本を読んだら難しくて最後まで読めなかった」
「でも、はじめのところだけは覚えたの」
 アンジェイェフスキだったと思う。小説の扉に、ノルビックの書いた詩が引用されている。
「灰の底ふかく、燦然と輝くダイヤモンドの残らんことを」
 私は、「自由」という言葉につまづいている。葉子が口にすると、何か意味があるかのように思えた。
「自由になりたいのか」
 私は葉子に尋ねた。
「ずっと、そう思っていたような気もするけど」
 空調の音が低くしている。
 部屋は乾き、窓からは隣にあるビルの灯りがみえている。葉子が予約したのは、恵比須にある人工的な街のホテルだった。
 駅から続く水平のエスカレーターがあり、それはいつも警告の声を流している。
 少しだけ開いた土の中に痩せた樹木が埋まっていて、そこには小さな電球が無数に纏わりついている。
 照明を浴びた建物の前で、若い男女が写真を撮っている。座り込んでいる若者もいる。
 人工的な街の中にあるデパートで酒とグラスを買い、部屋に潜り込むことにしたのだ。
「でも、自由って何かしらね」
 私は葉子が撃った中国女のことを考えていた。
 火花はトカレフの銃口から短い間、白く出ていた。