■「きいてないでしょ」
 成程そうなのか、と胸の中で細い針が微かに動いた。
 
 昔寝たことのある女が平気な声で電話をしてくる。私は平気な顔で答えている。彼女は男が変わる度に夜中に電話をしてきた。半ば決まった心を確かめるかのように、いくつかの些細な不安を並べた。ひとの心に興味があった頃、私は距離を置いて相づちを打っていた。
「まあ、この辺にしておこうぜ。七味を入れ過ぎると食えなくなる」
「あなたのそういうところがキライだったのよ」
 
 私は七味になることを承知していた。反面、昔の女と話していることで、現在に刺激を加えていることも自覚している。必要な時はそれで良かったのだろう。どういう訳かそうした構造が透けるようにみえた。普段そうした感覚が商品とコピーのあいだに薄い距離を置き、今のところ広告主から新鮮だと思われている部分のあることを思い出した。
 電話に付き合っているのに疲れてくる。向こう岸の言い足りない勢いを押さえ、電話を切った。
 二分経つと電話が鳴る。葉子だった。
「ポケベル、鳴らないわ」
「ああ」